10分先予測実験

概要

ゲリラ豪雨(局地的大雨)は短時間のうちに局地的に激しく降るためにその監視と予測は困難とされていたが,近年,国交省が全国の主要都市域に設置した高時空間分解能を有したXバンドマルチパラメータレーダ(以降,X-MPレーダと呼ぶ)により,ゲリラ豪雨を監視することが出来るようになってきた。本研究では鹿児島大学の学生と教職員を対象に10分先の雨の予報の有効性を検証する。短時間のうちに局地的に発達するゲリラ豪雨を監視しその対策をとるためには,高い時空間分解能を持った降雨情報を配信する必要がある。本実証実験では,250m間隔の降雨予測情報を1分毎に,大型モニター,携帯メール,スマートフォンやipadなどの携帯端末を通じて配信し,それぞれのメディアの有効性について検証する。

はじめに

ゲリラ豪雨(局地的大雨)は発達した積乱雲からもたらされ,しばしば土砂災害,河川の増水,低地の浸水などを引き起こす。例えば,2008年7月28日の兵庫県神戸市都賀川の鉄砲水による被害では14時30分から30分の間に都賀川流域でゲリラ豪雨により局所的に多量の雨が降り(例えば,中北ほか,2009),10分間で水位が約1.3m上昇した。これにより,河川親水施設や遊歩道で遊んでいた多数の市民・学童が流され,うち5名が水死した。2008年8月5日の東京都豊島区雑司が谷の豪雨では,降り始めから15分の間に100mm/hに達する猛烈な雨が降った(Kato and Maki, 2009)。これにより下水道内の水位が急上昇し作業をしていた5名が流されて水死した。当時,マスメディアはゲリラ豪雨と呼び,連日のようにその被害を報道した。このため,ゲリラ豪雨は2008年度の「現代用語の基礎知識選」の新語・流行語大賞のトップ10にも選ばれるなど社会的にも大きく着目された。ゲリラ豪雨は短時間のうちに局地的に激しく降るためにその監視と予測は困難とされていたが,近年,国交省が全国の主要都市域に設置した高時空間分解能を有したXバンドマルチパラメータレーダ(以降,X-MPレーダと呼ぶ)により,ゲリラ豪雨を監視することが出来るようになってきた。鹿児島大学では垂水市に設置された国交省X-MPレーダを利用したゲリラ豪雨の監視とナウキャスト手法を防災科学技術研究所および日本気象協会と共同で開発している。本研究は,開発した手法の鹿児島大学での実利用を目指した実証実験である。短時間のうちに局地的に発達するゲリラ豪雨を監視しその対策をとるためには,高い時空間分解能を持った降雨情報を配信する必要がある。本実証実験では,大型モニター,携帯メール,スマートフォンやipadなどの携帯端末を通じて10分先の降雨予測情報を配信し,それぞれのメディアの有効性について検証する。以下,実施項目と内容を記す。

2.定量的降雨量推定

(1)Xバンドマルチパラメータレーダによる降雨量推定手法

 X-MPレーダによる降雨量推定手法の原理は水平偏波と垂直偏波の2種類の電波が降雨域を伝播するときに両者の信号間に位相差(比偏波間位相差KDP)が生じることに基づいている。KDPと降雨強度Rの関係式はZ-R関係式と同様にべき乗式 で表される。大きな違いはZ-R関係が雨滴の粒径分布により大きく変動するのに対して,R-KDP関係式はほとんど変化しない点である3)。この特性はX-MPレーダによる降雨量推定手法の最大の利点である。この利点のためにMPレーダは地上雨量計による補正なしでも高精度の雨量情報を提供できるのである。地上雨量計による補正を必要としないために,レーダ本来の特性である瞬時性と高空間分解能を活かした降雨観測が可能になる。この特性を活かしたのが国土交通省のX-MPレーダネットワークであり,1分間隔で250m~500m間隔という極めて高い時空間分解能の雨量情報の利用が可能となっている。

 R-KDP関係式にはいくつかの問題点もある。一つは弱い雨の時には利用できない点である。これは,弱い降雨時には雨滴の形状が球に近くなるためにKDPが検出されなくなるためである。この場合はZ-R関係式を利用することになる。二つ目は強い降雨域の後方で電波消散領域と呼ばれるレーダで観測できない領域が発生することである。これはXバンド波長に起因する問題点で降雨減衰のために受信電力が受信機のノイズレベル以下になってしまうためである。本研究では,次節で述べるように,電波消散領域の問題を解決するために,MPレーダネットワークやCバンドレーダを相補的に利用する手段を用いている。


表1 Xバンドマルチパラメタレーダ(垂水)の主な仕様


(2)合成雨量

Cバンドレーダの雨量情報を相補的に用いてX-MPレーダの電波消散域や観測範囲外の雨量情報を求める方法は加藤ほか(2009)により提案され,本研究でも採用している。MP-JMA合成雨量の作成例を図-2に示す.図-2(a)はMPレーダ雨量で,2007年9月11日19:50(UTC)の観測例である.レーダから見て,強い降雨セルの後方に黒塗りで示した電波消散領域が生じている.図-2(b)は同じ時刻のJMAレーダ雨量である.半径80 kmのMPレーダ観測範囲内でのMPレーダ雨量とJMA雨量を比較すると,降雨強度の強いところで両者に明瞭な違いが認められる.すなわち,MPレーダ雨量に現れている強い降水セルが捉えられていない.この理由としては,JMAレーダ雨量は様々な誤差要因を被るR-Z関係式に基づいていることが考えられる.そこで,気象庁では,精度を上げるために地上の雨量計を用いてレーダ雨量を補正しているが,図-2のケースでは強い降水エコーが海上から移流したために地上雨量計による補正が十分に行えなかったことや,陸上で発達した強い降雨域のスケールが小さくて地上雨量計で捉えられなかったことが考えられる.図-2(c)にMP-JMA合成雨量を示す.(11)式で示したように,MPレーダ雨量とJMAレーダ雨量の合成雨量を作成する際は,MPレーダ雨量を優先している.図-2はこの原則に基づき電波消散領域がうまく補完されていることを示している.一方, MPレーダ観測領域外がJMAレーダ雨量で補われることによって,MPレーダ1台では困難だったメソβスケールの降水システムの特徴を把握することができるようになった.

 MP-JMA合成雨量の時間間隔は,JMAレーダ雨量を使っているため,10分間隔である

 

図2 (a) XバンドMPレーダ降雨分布(黒色部分は信号消散域),(b) CバンドJMAレーダ雨量分布,(c) MP-JMA合成雨量分布。加藤ほか(2009)より。

3. 10分先降雨予報アルゴリズム

本研究の降雨予報は相関法に基づく方法を採用している。相関法は過去の雨域の情報をもとに推定した移動ベクトルを用いて,将来の雨域の移動を外挿して求める方法である。本研究で採用した移流ベクトル場推定手法は,降水域全域を降雨強度でいくつかに分割し,それぞれの領域が二つの観測時刻で最も良くマッチする移動距離を求める方法である(図3)。マッチングは,両者の降水パターンに着目して,その相互相関係数が最大となる移動ベクトルを各降雨強度で分割した領域毎に独立して推定する手法で,Rinehart and Garvey (1978)のTracking Radar Echoes by Correlation (TREC)法やLi et al. (1995)のContinuity of TREC vectors (COTREC法)に使われている。相関法は単純で直近の降雨予測を精度良く求めることが出来るために,国内外の気象機関の降雨ナウキャウトに用いられている。ただし,降雨の発達や衰弱を考慮出来なために,15分以降の予測精度は急速に悪化する場合が多い。

移動ベクトルが求まれば,外挿により任意の点で降雨予報が可能になる。降雨予報は通常,1時間当たりの降雨強度(mm/h)として求められるが,キャンパスウェザーでは現況降雨強度と予測降雨強度から,「晴れ・曇りが続きます」,「雨が続きます」,「まもなく雨です」,「まもなく止むでしょう」の4種類の情報として配信する。これらの4種類の情報の判定は郡元キャンパスを中心とした7×7の計49ピクセル(約1.8km四方の領域)における降雨強度分布の実況値と10分後予測値を基に5分毎におこなう。例えば,実況値と10分後予測値ともに1mm/h以上の雨が49ピクセル中5%未満の場合は「晴れ・曇り」と判断する。逆に49ピクセル中5%以上のピクセルで1mm/h以上の雨が観測されるときは「雨が続きます」と判断する。「まもなく雨です」と「まもなく止むでしょう」は時間が入った情報であり, 1mm/h以上のピクセル数の占める割合が実況値5%未満で予測値5%以上となる場合には「まもなく雨です」,逆に実況値5%以上で予測値5%未満となる場合には「まもなく止むでしょう」と判断する。これらの判断には,郡元キャンパスを中心とした降雨エコー探査範囲,降雨強度の閾値,探査範囲内に雨域の占める割合などは必要に応じて変更することができる。また,谷山地域から南のハイウェイ沿いはグランドクラッターが出現しやすいため,判定対象から除いている)